share-knowledge’s diary

論文やニュース等で私が面白いと思ったものをアップしていきます。

イオドとは

中国と韓国では離於島(イオド)(英語名はSocotra Rock)という暗礁をめぐる領有権問題があります。暗礁とは海面に表れていない岩礁のことを指し、イオドは海面から4.6メートル下にあります。場所は韓国のマラドから約150km、中国のHaizhao Islandからは400kmの距離にあります。ちなみに日本の鳥島から440kmのところです。

暗礁のため、国連海洋法条約上も領土とは認めれていませんし、EEZの境界にも影響しませんが、韓国は、2003年までにイオドの上に海洋科学基地とヘリパッドを建設します。これに中国が抗議するわけです。

2006年、両国は、イオドは「島」ではなく「岩」であることに合意し、領有権問題は存在しないということで合意するわけです。ただし、韓国はイオドは韓国のEEZ内であると主張します。

2011年、イオド付近で中国の漁民が韓国の海洋警察の警備員を刺殺するという事件が発生します。これを受けて、当時の李明博大統領はこの海域の警備を強化することを表明します。2013年には韓国のADIZも中国がADIZを設定する際に、このイオドを含む形でADIZを拡大させるわけです。

(参照)GlobalSecuity.org Ieodo / Suyan Rock / Socotra Rock

利用可能性ヒューリスティック(availability heuristic)

認知心理学における「利用可能性ヒューリスティック」とは、何かを決める際に無意識的に使用する思考のショートカットのことを意味します。特に人はより身近で新しい情報に基づいて物事を考える傾向にあります。例えば、車の盗難のニュースを数件聞いた後なら、車の盗難は実際よりももっと身近に起こりうるものだと考えます。実際に車の事故を見た後には、車の事故に遭う可能性は客観的数字よりも高いと主観的に考えます。飛行機事故などはその典型で、飛行機事故が大々的に報道されると、飛行機は危険であると思いこみがちです。しかしながら、客観的データからすると、車の事故と飛行機事故ならば圧倒的に車で事故に遭う可能性が高いわけです。つまり、人の直感は、印象的な記憶に左右される。

 クーリエジャポ(2016 4月号)において、ハーバード大学のスティーブン・ピンカー教授は、世界の平和が暴力によって脅かされていくのではないか。という悲観的な推測には、マスコミの報道が一要因となっている。「利用可能性ヒューリスティック」と呼ぶ心のメカニズムは、未来予測をネガティブな方向に隔たせると述べています。マスコミで紛争を大きく取り上げることにより、世界は実際よりも危険だと感じてしまうわけです。

実際に、最近のIS(イスラム国)に対して空爆がニュースになることから、世界は危険だと思う人も多いですが、実際にはイラク戦争、第二次世界大戦中の空爆よりも圧倒的に数は少ないわけです。ご参考までBBC「Comparing air strikes against Islamic State to past conflicts」を観てみてください。

 (参考)A. Tversky and D.Kahnemen (1973) Availability: A heuristic for judging frequency and probability

領海、接続水域

北方領土、竹島、尖閣諸島などの領有権問題が報道等でクローズアップされる際には、接続水域や領海、領空という言葉が当たり前のように使われています。ただし、その定義をしっかりと認識している読者がどこまでいるのでしょうか。というわけで、各定義について調べてみました。

領海

国家の主権の及ぶ海域であり、領海の幅は海岸の低潮線から12海里とされています。※国連海洋法条約 第2条、第3条、第5条などを参照。なお、低潮線とは、干潮時の海面と陸地が接する線のことであり、1海里は1852mです。

接続水域

海岸の低潮線から24海里とされています。すなわち、領海+12海里ということになります。※国連海洋法条約 第33条約を参照。

第6世代戦闘機

米国では第6世代戦闘機の開発が本格化し、海軍は2028年、空軍は2032年までの導入開始を目指しています。ただし、具体的にどのような性能を目指すのかについては明らかではなく、研究・検討している段階です。したがって、どのようなものか分からないのが現状ですが、昨今の想定としては「より遠くから先に探知してより射程の長いミサイルで先制攻撃する」ことが求められており、方向性としては①ステルス性能の向上により探知を困難にさせること②より射程の長いミサイルを多く搭載できること、の2点だと考えられます。とすると、ミサイルをより多く搭載することを目指すとすれば、大型化が進むとも想定されます。また、継戦能力も必要ですが、戦闘機は空中給油機なしには長時間飛行することは不可能です。そこで、可変サイクルエンジンの開発が進むと思われます。これは、超音速では、ターボジェットが効率的である一方、亜音速ではバイパス比の高いターボファンが効率的であり、バイパス比を変えるエンジンがあれば、燃費率が高まるからです。最後に、パワー・レーザーの搭載もあるかもしれませんが、現状、兵器としてどこまでレーザーが開発されるかは良くわかりません。

(参考)航空情報(2015年9月号)

 

 

 

セオドア・ルーズベルト(TR)

米国のラシュモア山には4人の大統領の彫像があるのですが、ワシントン、ジェファーソン、リンカーン、そしてセオドア・ルーズベルトです。セオドア=ルーズベルト(Theodore Roosevelt)は、現代の米国を形作った人物として言われ、その頭文字からTRと呼ばれます。

セオドア=ルーズベルトは、州議会議員(State legislator)、ニューヨーク市の警察本部長(Police commissioner)、米西戦争における義勇団の大佐(Rough Rider colonel)、海軍の次官補(Assistant secretary of the navy)、ニューヨーク市長を経て、副大統領、そしてマッキンリー大統領の暗殺を受けて、1901年に大統領へとなります。ルーズベルト大統領が大統領に就任した当時は、ビクトリア時代と呼称される時代であり、極めて保守的な時代でした。その一方、行き過ぎた市場主義が、産業革命や都市化を通じて、様々な社会問題を生起した時代でもありました。この状況を改善するために、ルーズベルトは共和党出身の大統領にも関わらず、進歩主義的な考え方から、政府による規制を進めるのです。

ルーズベルトが規制を進めた政策は、以下のような政策が挙げられます。
(1)トラストの規制。1904年には最高裁でNorthern Securities Companyの解散が命ぜられるなど、ルーズベルトはトラストバスター(Trust buster)と称されます。(2)ビジネスに対する規制を進めるために、Department of Commerce and Laborを創設。(3)Elkins Act等により、賄賂の禁止等を進めます。(4)植民地時代の10分の1にまで森林が減少したことを受けて、自然保護に関する法律を成立させます。

平和安全法制の集団的自衛権

平成27年9月30日に施行された平和安全法制関連2法は、集団的自衛権を認めるとしたことから大きな議論を呼びました。ポイントは武力行使の3要件の一つが、従来は「我が国に対する武力攻撃が発生したこと」から「我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」に変更されたことにあります。「我が国と密接な関係にある密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」が集団的自衛権を認めたと批判されたわけです。

さて、集団的自衛権は国連憲章第7章の第51条で「国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が必要な措置をとるまでの間、加盟国は個別的・集団的自衛権を行使できる。加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。」と規定しており、集団的自衛権を国家は当然の権利として有していると理解されています。ただし、日本政府は日本国憲法では集団的自衛権は有していても行使はできないと解釈してきたわけで、今回その解釈を変更したことが批判を浴びたのです。

ただし、今回の集団的自衛権と呼ばれるものはフルスペックの集団的自衛権とは違います。フルスペックの集団的自衛権は自国が攻撃されていない場合でも他国への攻撃を自国への攻撃と同様とみなして武力行使する権利です。有識者による平成26年5月15日の「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」報告書には「我が国と密接な関係のある外国に対して武力攻撃が行われ、その事態が我が国の安全に重大な影響を及ぼす可能性があるときには、我が国が直接攻撃されていない場合でも、その国の明示の要請又は同意を得て、必要最小限の実力を行使してこの攻撃の排除に参加し、国際の平和及び安全の維持・回復に貢献することができることとすべき」とされました。この報告書では、「我が国の安全に重大な影響を及ぼす可能性があるとき」として、フルスペックの集団的自衛権を限定したわけです。

そして、平和安全法制では、「我が国と密接な関係にある密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」とされており、「国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」が追記され、集団的自衛権は更に限定されたわけです。

個人的な意見としては、今回認められた集団的自衛権は、個別自衛権の延長でも十分可能であるように思います。その点で、今回認められた集団自衛権と個別自衛権の延長は、コインの裏表の程度でしかなく、実際にできることは大きくは変わらないように思います。

マグナカルタ(Magna Carta)

マグナカルタは世界で最も有名な書物の一つです。皆が法律に従うこという原理原則を規定したものであり、1215年に英国王ジョンに認められることになりました。今でも英国の憲法の要の一つです。

マグナカルタは、英国王ジョンによって発行されますが、当時は”The Charter of Runnymede"と呼ばれていました。英国王ジョンは悪名高い専制君主であり、1204年にフランスのノルマンディーを失ってからは、その領土を取り戻すべく、国民に対し多額の税金をかけることになります。高い課税に対し封建貴族(Baron)から反乱が起き、1215年、Runnymedeにおいて、封建貴族とジョンとの和解の結果、封建貴族からの要望された条件が、文書として記録され、それが現在のマグナカルタと呼ばれることになったわけです。つまり、マグナカルタは本来的には、封建貴族と英国王との和平条約だったのです。

教皇からは無効であると宣言されるなどしますが、ジョンの死後、貴族からの支援を必要とするヘンリー3世の下で、1216年には改訂されたものが発行され、マグナカルタは受け継がれていきます。1508年、マグナカルタは初めて印刷され、英国法での地位を強化していきます。17世紀には、エドワード・コークはマグナカルタを通じて、「法の支配」の原理を確立させ、1628年の権利の請願はマグナカルタに基づいて作成されます。マグナカルタは、王に対する抵抗を示す規範として、1649年の清教徒革命にも使用されることになります。このような新しい解釈を経て、マグナカルタは権利と自由を示す象徴とみなされるようになります。

17世紀には、マグナカルタは北米にも伝わり、米国植民地における様々な法律に使用されていきます。そして、1770年代には、英国王ジョージ3世は、法律を破った専制君主とみなされ、独立戦争が勃発するわけです。当然、独立憲章を作成した、トマス・ジェファーソンもマグナカルタに大きな影響を受けていました。なお、フランス革命は過去の憲章に基づく権利に主眼を置いていないことから、マグナカルタに至る歴史を持つ英国の革命とは違うと主張する英国人もいます。18世紀の英国においては、マグナカルタは一般国民にも広く普及され、議会が王に物申す根拠として使用されていたものが、国民が議会に対して物申す根拠へと発展します。

大英帝国時代は、マグナカルタは、文明化の建前の下、帝国主義を正当化するために使用されていました。しかし、同時にマグナカルタは、植民地支配を受けた人々にも影響を与え、彼らは権利を認めるように要求することになります。今日では、マグナカルタは英語と同様に英国の最大の輸出品であるとされおり、事実、マグナカルタは自由と法の支配と強く関連付けられ、世界人権宣言などの現代の文書も大きな影響を与え続けています。

以上のように、マグナカルタは、当初の条項の大部分が解釈変更されていますが、英国の首席裁判官 Binghamが書いているように、”The significance of Magna Carta lay not only in what it actually said, but in what later generations claimed and believed it had said."マグナカルタの重要性は、実際にそれが述べていたことにあるのではんく、のちの世代が(彼らが解釈したように)述べていたと信じたことにある。わけです。

なお、マグナカルタの1215年の原物は、4つ残っており、リンカーン大聖堂に1冊、ソールズベリー大聖堂に1冊、大英図書館に2冊のようです。

(参考)MAGA CARTA Law, Liberty, Legacy Exhibition Guide